
小学校1年から高校3年までは剣道に明け暮れ、燃え尽きる。
1995年、東海大学入学後、大学生活をエンジョイする為、憧れのテニスサークルに顔をだすも、どうもエネルギーの発散ができず退散。たまたま目に留まったトライアスロンサークルBOMBERS に入会。
ちなみにテニスサークルの新歓コンパには行った。
今でこそ考えられないが、その時女の子の電話番号も聞いた。
当初は走れば腹が痛くなり、100m以上は泳いだ事がないし、自転車は持っていなかったので、いつになったら完走できるのかと大変困ったが、学生選手権には出れるようになった。
大学卒業旅行として出場したアイアンマンNZで、運良くハワイの権利を獲得し、「飯田くんは絶対ロング向きだよ。」と人に言われよく考えずに調子に乗る。
以来ロングをメインにレースに出場す事を決意。
1999年
ヤマートレーニングセッション(現東京ヴェルディトライアスロンセッション)にお世話になり始める。 山倉紀子選手の練習量にぶったまげる。
2000年
TYRのサポートを受け始める。 腕試しにと思って出たロング日本選手権で、いきなり5位に入賞して、自分でもびっくりする。 この頃から大西さんにお世話になり始める。
2001年
超自分勝手集団team grad5に入団。
2002年
TYRのアドバイザリ−スタッフとなりトライアスロンウェアの開発に携わり始める。
トライアスロン情報サイト「MSPO」の立ち上げに携わる。
某小学校でジュニアトライアスロン教室の講師を務める。
近年は成績がパッとせず、ばあちゃんには会うたびに「そんな事早くやめて、私にひ孫の顔を見せておくれ。」と言われている日々ではあるが、どういうわけかトライアスロンが面白くて仕方がなく、まだ自分は強くなると思っている究極のトライアスロンバカである。
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